修験者の山寺「鷲峰山・金胎寺」

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金胎寺(こんたいじ)は、もともと山伏の修行場で、今から1300年前に開山したといわれています。
奈良時代には、平城京の北鬼門の守護寺として栄えました。

しかし、14世紀はじめの南北朝の争いの末期、鎌倉幕府軍に追われる後醍醐天皇が、この金胎寺に居留、巻き返しを図ろうとする際に、寺は焼き討ちにあい、多くの建物を失いました。

その後、明治維新の廃仏毀釈などで、往時の面影を多くは見ることができませんが、いまでも滝行ができる修行場などは見ることができます。

また、金胎寺のある鷲峰山(じゅうぶさん)は、青森・恐山(おそれざん)などの山々と共に、「日本百霊山」の一つに指定されています。

▼金胎寺についてのリンク
>>金胎寺・他宝塔について
>>鷲峰山・金胎寺について
>>修行場のようす
>>鷲峰山を登る
>>金胎寺・ウィキペディア
>>京都うらみち案内
>>古地図でみる金胎寺


2009年04月11日 10:27 | Comment(0) | 京都・和束のみどころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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